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act 4



沙柚達と別れた季菜は、たった一人になった。
本当は、もっと話をしたそうだった茜達だったが、ほとんど無理やり、沙柚がその場を締めくくった。
何だかんだ言っても、沙柚だけは、季菜の考えに賛成をしてくれている様だった。

現在の時刻は午前二時。
タクシーにのって、帰ろうかと思ったが、街はまだまだ明るいので、また歩く事にした。
ふと足を止めた季菜は、そこにあるのは知っていたが、一度も足を踏み入れた事はなかった
小さな公園にと視線がいった。

田舎の公園の様に、広々とした物ではなく、いくつかの遊具があるだけの場所で、昼間は明かりが差し込んでいるだろうが、
夜は、電灯だけだと言う事もあり、この明るい街の中でも、静かな空間の様に感じた。

特に理由もなく、遊具に目をやり、ゆっくりと其処にあったベンチへと季菜は腰をかけた。
暗く、騒がしい街からの音も、三割ほど、小さく感じる。季菜は肩の力が抜けたように、ため息が出てしまった。
「寂しい……か」
何度も莉亜達の口から繰り返された、寂しいの言葉。思い出して口に出してみると、そう思うのは自分も同じな事に気が付いた。
自分のコレからの事と、何だかんだ言っても、好きなんじゃないかと思う仕事、天秤にかけてみると、どっちが重いのかが、今は分からなくなってしまった。


「酔い覚ましか?」
いきなりの声に、季菜は体を強張らせながら、声がした方を振り向いた。
(何処かで見た事がある顔……)
咄嗟に思ったけれど、それを口にする事はなかった。暗闇の所為で、はっきりとその姿を確認する事はできない。
そして誰知らずの男と話す気もなかった。
季菜が何も言わず立つと、すぐに声がかかった。
「お前さ、何処の店?」
男の声に、季菜は目を細めて、食い入るように、その姿を見た。
どう見てもホストだった。
が、今更ホストと聞いて緊張したり、逃げ出すような事もなく、一度息をつき、口を開いた。
「スカウトならお断り」
言うとすぐ、男は笑った。
「スカウトねぇ……。まぁいいわ。お前何処の店?」
男は季菜の座っていた場所の隣に腰を下ろすと、季菜の手を引き、無理やり座らせた。
この強引な男に、季菜はしばし唖然となった。
どう考えても初対面の自分に、どう考えるとこんなふざけた行動ができるのだろう。
腹が立ったけれど、結局、季菜が大人しく座ったのは、今更になって、話相手が欲しかったのかもしれない。そう自分自身が思ったからだった。

「あんたこそ、何処の店?」
言いながら、舐めまわすように、見てやった。服、そして見につけているものは、どれも一級品。
そんな男が、こんな時間に何をやっているんだろう。思えば思う程、余計に季菜の不信感は増した。
「さーねぇ。とりあえず、俺の質問の方が先だろう」
男の物言いに、ぐっと言葉に詰まったが、確かにそうだと素直に認めた。
「姫嬢」
「あぁ、どっかで見た顔だと思ったら、あそこのNo1の季菜……てー名前じゃなかったか?」
季菜は素直に驚いた。
自分はここまで有名なのか……。思ったけれど、一応訂正をして、この男が何者なのかと思いなおし、口を開いた。
「もうNo2よ」
「はっ? あそこのNo1は長げー事、変わらなかっただろ?」
「つい最近、変わりました」
別にNo2になった所で、痛くもかゆくもないと思っていたけれど、こうして口に出すと、結構なダメージが精神的に、チクチクと来る。
この時点で季菜の表情は引きつっていた。
自分の中にも、若干悔しいと思っている心があったのかと、今更になって、しかも、見ず知らずの男の言葉によって、知ってしまった。

「いやいや、あれだけ長く続いたNo1が、そう簡単には崩れねーだろう。オイ、何かあったのか?」
歳は……、自分と同じくらいだろうか?
とにもかくにも、何て憎たらしい表情をする男だ。季菜は、更に表情を引きつらせた。
大体にして、ちょっと馴れ馴れしすぎやしないか……。そう思う季菜の中で、男の印象はどんどんと下降し続けている。
かりにもホストならば、女性を喜ばすのなら分かるが、谷底へと突き落とす様な台詞を吐きまくるのは、どうなんだろう。
考えれば考える程、季菜はイライラとしてきてしまう。
自分は、そんなに短気だったか? 思うより早く、既に言葉は出ていた。

「あんたに関係ないでしょっ」
「関係はねーな。でも聞きてぇんだ。つまりは興味だな」
まただ。
どうしても、この男と話していると、腹が立ってきてしまう。
こう、腹の底から、ムカムカと込み上げてくるものがあった。と言うか、こんな事は季菜の中で、珍しくもあった。
仮にもトップを走り続けた女だけあって、その会話の主導権を握るのは得意なはずなのに、どうしてかこの男に遊ばれている感が否めない。
馬鹿にされている? そうではないんだが、神経を逆撫でしてくる様なこの男の態度が気に食わない。
そう、気に食わない。
バックを持つと、季菜はもう一度ベンチから腰をあげた。
そして有無を言わず歩きはじめた。

今度は引きとめない事に、季菜はほっとした。
が、そんな気持ちもすぐ粉々に消し飛んだ。

感覚を一定にあけながら、自分の後を、どうみても着いてきて居た。
季菜が驚いたのは、それだけじゃなかった。
街の明るさの中、改めて見ればみるほど、ホストなんて星の数ほど見てきた自分が、見惚れてしまう様な男だった。
短髪の茶色がかった髪に、改めてみても無駄がない着こなし。
整った顔。
そしてそれに群がる女と、視線の数々。にも関わらず、その男は自分を見ている。
イタズラそうな色を瞳に浮かべて……。

別に見られる事には慣れている季菜だったが、意味もなく、緊張した。
スッと前に視線を戻したかと思えば、季菜は逃げる様に人の波の中を、駆けた。
途中、何で自分はこんな真似をしているんだと恥ずかしくなったが、あの男に見つめられる方が、その何倍も恥ずかしいと感じてしまった自分が居たので、そのまま走り続ける事にした。

後ろを見ないままに走った後、何故か隠れるように、店と店の間へと身を潜めた。

(な、何か、これっておかしいっ。何で私がこんな隠れるような真似をしなくちゃ……、あぁ、でも、さっきの男、つくづく変な男だった……)
思わずやった心臓の手は、ドクドクと、未だ血流の流れる音の振動を伝えている。

汗ばんだ背中と服を、コンクリートの壁につけると、ひんやりとした感触が背中に伝った。
ふぅ……ため息をついた。

「逃げるのなら、もっと上手く逃げた方がいいぜ?」
「ぅひゃっっ!」
言葉にならない声を出したまま季菜はかたまった。
季菜のすぐ横には、今さっきまで自分が逃げていた男の姿がある。
あわわと季菜の体はその場に崩れ落ちた。
「な……何? 一体――っ……何なの?」
ストーカかと思ったのか、単純にこんな所まで追いかけてきた見ず知らずの男が恐いと思ったのか、理由は季菜自身にも分からないが、
興奮した感情が拍車をかけ、あっと言う間に季菜の口は、わなわなと震えだし、目には涙が溜まった。

鼻をすすり、嗚咽を押し殺そうとしている季菜に、正直男は驚いている様だった。

「つーか、別に恐がらせようと思ったんじゃなく――」
いいながら男が季菜へ手を伸ばそうとした。
が、それに反応した季菜の体は、まるでうぶな女の子の様に、ビクリと震えた。
いつもなら、こんな事は季菜の性格上考えられないのだが、自分の中で色々とありすぎて、張り詰めていたものが、プツっと切れたかの様にも見れた。
男は、触れようとしていた手を下げた。

「とりあえず……悪かったな。マジでビビらすつもりはなかったんだが……」
「ね、ねぇ……さっきから何? て言うか誰? あんたと会った事なんて、私一度もないっ……客でもないし、ホストクラブなんか、私いかないものっ。ねぇ……何?」

途切れ、とぎれに季菜から出た言葉。
男は、今更気付いた様だった。
「そういや……自分の名前も話してなけりゃ、そりゃ不信感が沸くよな。新っつーんだ。よろしく」
もう一度差し出された手は、季菜に握手を求めていた。目尻に溜まった涙を自分でふき取ると、季菜は改めて手を出した。

「よろしく……。でも、本当に私に何の用……ですか?」
今の今で、不信感が帳消しになる訳もなく、季菜にとって、新はただの不審者程度にしかない。

「用って言うか……ふらふら〜って歩いてたら、アンタ見つけて、ただ話したいなって思ったら、怒って勝手に逃げたようだったから、とりあえず追いかけてみた」
「じゃ、もう怒ってないです」

だからサヨウナラといわんばかりに季菜は、バックを胸にかかえると、男の横をすり抜けようとした。
「な、とりあえず、一杯付きあわねぇ? 俺のおごりで」
間髪あけず、季菜は首をぶんぶんと振った。
しばらく彼氏が居ない所為で、男の免疫がなくなってしまったのか?
一瞬思ったが、毎日男と言う生物相手に仕事をしているので、それはありえないと、すぐに考えなおした。
なら、どうして、こんなにもこの男を警戒するのかが、季菜にはイマイチ分からない。
にも関わらず、気持ちが危険信号を発している。

「あの……私帰ります」
どこかのドラマに出てくる様な台詞が口からでてきた事に、季菜自身驚いた。別に一杯付き合う事くらい、アフターの一貫と思えばいい。
にも関わらず、さっさと帰りたいと思う自分が居る。

「何でそんなに警戒されてんの? つーかそんなに俺が恐い?」
「こ、恐くないっ!」
「ならいいじゃん」
「よくない!」

思わず張った声に、自分が一番驚いた様で、一瞬ちらりと新の方を見た。
気まずそうに顔を伏せると、またもや勝手に口が滑った。

「分かった」
さきほどから、一体自分は何をしているのだろう。
嫌だといったり、良いと言ったり、これでは焦らしている様じゃないか……。
今の今までの自分の言葉を、全て白紙に戻したいと、季菜は切実に思ったが、それを新は許してくれなかった。

「決まりだな……何処でもいいぜ? 何処にする?」
もう何処だっていい。まだ足を踏み出してもないにも関わらず、季菜の心は、家にと帰りたいと願うばかりだった。



……To Be Continued…

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